ほぼ毎日一枚立ち撮りフォト by Jose (簡易版は↓)

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西宮大谷美術館の庭 20110519

2011/05/31(Tue) 11:05
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5月19日撮

従兄弟の個展を見に夙川のギャラリーまで。
帰りは招待券を貰った大谷美術館に寄り道
ここの庭は館の外部扱いとなり、入場無料と親切。
展示が水彩ということもあるのか、多くの人がスケッチに来ていた。

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員弁の草競馬 5/6 レースの合間と流し撮り 20110515

2011/05/30(Mon) 10:19
員弁の草競馬


15日撮

レースの合間の風景と流し撮り

最後はお決まり流し撮り
なかなか決まらない、ほんの3~4m前を走るのだ。


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員弁の草競馬 レース3 20110515

2011/05/29(Sun) 11:30
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15日撮

コースは丸に近い楕円、直線はほとんどナシといえる
芝生に寝転んで撮る人、多し。
柵がないのでファインダーにしがみついていると、踏まれる恐れありだ。

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員弁の草競馬 ポニーの子供レース 20110515

2011/05/28(Sat) 10:47
ポニーの子供レース


15日撮

子供レースといっても本格的だ。
なんといってもポニーがかわゆい。


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員弁の草競馬 レース 1/2 20110515

2011/05/27(Fri) 09:18
員弁の草競馬

15日撮

7時出発、名神・新名神・東名阪で9時半前頃到着。
駐車場の心配もなく、ノンビリ草競馬を楽しむ。
中京・関西・関東のメンバー12人程が集まる。

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當麻寺 練供養会式 6/7   20110514

2011/05/26(Thu) 09:05
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14日撮

龍樹菩薩・地蔵菩薩・薬王菩薩・薬上菩薩など、聖衆の諸菩薩が続き、最後に天人が従い、
極楽堂に戻る。

付き添いの方がチラリと入ってしまった。

最後は御輿が極楽堂に戻りフィナーレ


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當麻寺 練供養会式5   20110514

2011/05/25(Wed) 08:53
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14日撮

帰途は、中将姫を捧持した観音菩薩が先頭を進み、勢至菩薩・普賢菩薩が続く。

練供養のメインシーン、夕日がキラリ、をだが・・。

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當麻寺 練供養会式4   20110514

2011/05/24(Tue) 08:23
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14日撮

観音菩薩は蓮華座を捧げ持ち、
勢至菩薩は合掌し、
普賢菩薩は天蓋を持つ。

観音菩薩が持つ蓮華座に娑婆堂内で待つ姫の像をお迎えに向かう

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當麻寺 練供養会式3-1/2   20110514

2011/05/23(Mon) 07:20
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14日撮

この練供養、当麻曼荼羅(国宝)を一晩で織り上げ成仏したと伝えられる
中将姫の現身往生を仮面劇風に再現、
観音菩薩、勢至菩薩ら二十五菩薩が現世に里帰りした中将姫を迎えて、
極楽へ導くという儀式で、西方浄土に見立てた本堂と現世とする娑婆堂
との間に架けられた約100メートルの来迎橋を練り歩く

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當麻寺 練供養会式2   20110514

2011/05/22(Sun) 09:09
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14日撮

練供養の発祥の地といわれ、今年で1007回目という
なんとなんと1000年越えの伝統行事だ
16時ぐらいから、なのだが13時過ぎには撮影場所確保、ちょっと遅いぐらいだ。

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當麻寺 練供養会式1   20110514

2011/05/21(Sat) 08:09
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14日撮

写友からのお誘いで、初めて奈良・葛城の當麻寺・練供養に行った。
最寄ICから柏原ICまで、なんと35分、そこから10分ほどで到着。
この日は参道が通行止めなので、手前の信号から北門まで、予約済みの駐車場へ、だ。

11時前到着、まずは護念院、この日かぶられるお面の見学へ
かぶらせてもらったが視界が狭い、これじゃ歩けないね・・・!。

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大阪ステーションシティ2 20110513

2011/05/20(Fri) 08:00
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13日撮 続き

映り込みに目が行くね、などなど


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大阪ステーションシティ1 20110513

2011/05/19(Thu) 09:42
大阪ステーションシティ

13日撮

梅田に出た。
先日満員御礼お容赦状態だったニューオープンの大阪ステーションシティに寄る。
登れども登れども、上には上がある。
40分ほど徘徊。機材はキャノンG11。
時空の広場周辺など

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雨だ止んだ、・・でツツジでも 20110512

2011/05/18(Wed) 08:33
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12日撮

豪雨去り、部屋の中からツツジ、パチリ。

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ビル街に残る戦前家屋ディテール 20110510

2011/05/17(Tue) 10:56
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10日撮

大阪・桜橋近くの美術運送まで、奥様の東京上野の美術館に送る手軽な30号を
届けたが、ビルに埋もれたこの運送会社の入り口は戦前の姿を残す。

この後、神戸三宮で用事を済まし、王子の美術館へ、久々作家とおしゃべり。

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大阪ニコンサロンの写真展と梅田風景など 20110504

2011/05/16(Mon) 08:10
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4日撮

チョイト縁があって、大阪ニコンサロンのWonder Drug展まで
ヤングギャルの写真展にお邪魔し、刺激をもらう。

作品のカットフォト
こんなメイク?!?と思いきや・・・。

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写真展を見に混雑の梅田へ 20110504

2011/05/15(Sun) 00:01
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4日撮

縁あって見に行くことにしていた写真展、今日が最終日だと気付き、梅田へ。

おっと、梅田、大阪駅周辺はすごい人出でお祭り状態。
JR大阪駅の新駅舎を通り抜け大阪ニコンサロンへ。
絵は新大阪駅

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黄砂に泳ぐ鯉のぼり 20110502

2011/05/14(Sat) 08:28
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2日撮

黄砂が舞い散る中、近場の川に泳ぐ鯉のぼりを撮りにポタリングで。
レフレクションの鯉のぼりを楽しむ。
このまま帰るのは?と、R171まで南下、対岸に出て北上、帰宅。

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バレエ4、舞台袖の表情 7 20110429

2011/05/13(Fri) 08:48
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4月29日撮、続き
今回は70--200mmだけだったが
2年後の次回は24-70mmの2台体制だな(反省)

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バレエ3、舞台袖の表情 5/6 20110429

2011/05/12(Thu) 07:35
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4月29日撮、続き
ISOはほとんどが1250、止めるにはもっと上げることになる。
スローシャッターが加わると、覚悟しているとはいえノイズが厳しい。

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バレエ2、舞台袖の表情 3/4 20110429

2011/05/11(Wed) 07:19
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4月29日撮

毎回舞台袖で撮らせて頂くのだが、・・・なかなか・・・。
トリミングあり、です。

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バレエ1、舞台袖の表情 1/2 20110429

2011/05/10(Tue) 10:13
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4月29日撮

今回で2年ぶり3回目。光と影を楽しむ。

車の修理引渡し時間とドンピシャ、バスの予定が車で現地へ、そこから預ける。
代車も来たが、なんとキーを貰い忘れ、持って返ってしまった。(笑)

11時半頃到着、本番の正面撮りナシで16時30分終了、・・で写友とお茶、で帰宅

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京都賀茂川 鷺もお散歩 20110425

2011/05/09(Mon) 08:09
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4月25日撮

京都アッシー君で待ち時間2箇所でポタリング

梅小路公園で花
賀茂川・太田神社では鷺

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古代ロマン山之辺ポタ 20/21--石上神宮2 20110421

2011/05/08(Sun) 08:00
神鶏 石上


4月21日撮

内山永久寺跡から山之辺の道を進むと石上神宮に出る

「石上神宮」(いそのかみじんぐう)は西暦250年ぐらいから物語が始まる神社で
武門の棟梁・物部氏の総氏神、大和朝廷の武器庫、神剣・布都御魂を祀っている神社だ。

元々はは神蘺(ひもろぎ)と呼ばれる瑞垣内の禁足地を祭祀の対象としてきた神社で
明治に環頭大刀柄頭、勾玉、管玉などが出土、現在は本殿も拝殿もあり、
特に百済から送られた西暦369年にあたる年号を記した七支刀は有名。

名物、放し飼いの神鶏、若冲もこんなのをじっと眺めていたのかな?

山之辺の道、砂利道、石道、ガタガタ道と押し歩きのポタリング32Km。
家に帰るときずいたのだが、舗装道とは違い、
道からの振動がモロに手首・肘・腰・背筋・首にきて、結構厳しい道だった。

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古代ロマン山之辺ポタ 18/19--波多子古墳から永久寺廃寺跡 20110421

2011/05/07(Sat) 08:34


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4月21日撮

大和古墳群の1つ「波多子塚古墳」

この辺りは奈良盆地有数の古墳密集地帯で、大和(おおやまと)古墳群と呼ばれ
その一つの「波多子塚(はたごつか)古墳」。
3世紀後半築造で、古墳時代初期の古墳と推定されている。

竹之内環濠集落
戦国時代、外敵の侵入を防ぐため、周囲に水濠を巡らせた集落だが
「環濠」の写真なし。

夜都伎神社(やとぎじんじゃ)は、春日神社とも呼ばれ、
奈良の春日大社と同じ四神を祀っている。
古くは水の神を祭ったといわれている

夜都伎神社を過ぎると登り坂の舗装道路になる。途中左に入り観光農園を通り越すが
この辺りは押して登ることになり、その後は下り勾配の小道で、下ると永久寺跡だ。

内山永久寺は、1115年頃(永久年間)創建され、
50以上の堂塔が並ぶ大寺院だったようだが、今は本堂の跡が池になっているだけだ。

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古代ロマン山之辺ポタ 15/16/17--御旅所坐神社から衾田陵 20110421

2011/05/06(Fri) 08:02
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4月21日撮

長岳寺から御旅所坐神社、念仏寺と燈篭山古墳、衾田陵まで

長岳寺は平安の824年淳和天皇の時代、弘法大師が創建したと言われている。
創建時の面影を残す唯一の建物で、我が国最古の鐘楼門が有名だそうだ。

山之辺の道を走り、坂を上がると中山大塚古墳である
ここには古墳の前方部南端の古墳を少し削った所に
後円部から移した御座所坐神社(おたびしょにいますじんじゃ)
(大和稚宮)が置かれている。

絵は歯定神社(はじょう)、注連縄をまいた石が3個据えられ、「歯の神様」である。


「灯籠山古墳」の角を右に曲がると行基が興し、
室町時代に地震で炎上、再建されたした念仏寺。

燈篭山古墳は奈良盆地でも最大級の郷墓で近在の村落の共同墓地になっている。

衾田陵
宮内庁認定では第26代継体天皇の皇后・手白香皇女(たしらかひめみこ)の
「衾田(ふすまだ)稜」とされているが、埴輪以前の特殊器台などが出土し、
6世紀前半の皇后陵でなく、3世紀後半、邪馬台国の女王・卑弥呼や台代(とよ)の墓
ではないかと云われ、手白香皇女の陵は、6世紀前半ころの西山塚古墳では・・と言われている。

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古代ロマン山之辺ポタ 11/12/13/14-穴師坐兵主神社から櫛山古墳- 20110421

2011/05/05(Thu) 10:07
相撲神社


4月21日撮

山の辺の道から山方向へ登ったところに三ツ屋根造りの穴師坐兵主神社と
大横綱の大鵬と柏戸がやって来て、土俵入りをしたことがある相撲神社がある
 
相撲神社から少し下り、見逃しやすい看板だが右に入り景行天皇陵へ向う途中に
神霊を迎えたといわれている「神蘺ひもろぎ」がある。

ここを通り抜けると景行天皇陵と伝えられる渋谷向山古墳

景行天皇陵から国道169号線で崇神天皇陵へ向う
途中に伊射奈岐神社、奥へ進むと三角縁神獣鏡だけでも33面も出土したという黒塚古墳

ここから崇神天皇御陵と櫛山古墳を抜け長岳寺へ向かう


絵は相撲神社、野見宿禰(のみのすくね)を祀る社で、
出雲の国から呼び寄せた野見宿禰と當麻蹶速(たいまのけはや)が
初めて天覧相撲を行ったところで、相撲の発祥の地と伝えられる。

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古代ロマン山の辺ポタ 8/9/10--箸墓古墳・ホケノ山古墳 20110421

2011/05/04(Wed) 07:48
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4月21日撮

桧原神社から山之辺の道を離れ西へ。すべて下り、急坂もあり、JRを越え、
卑弥呼の墓と言われ始めた箸墓古墳へ向う。

纏向(まきむく)遺跡にある全長約280メートル、日本で最初の巨大な前方後円墳、箸墓古墳。
築造時期は西暦280~300年ごろと推定され、
「昼は人が造り、夜は神が造った」という伝説が残る。

自然の地形を利用して造られず、平地から直接土を盛り上げて急勾配に造られている。

箸墓古墳の被葬者は台与、西殿塚古墳(衾田陵)は
ミマキイリヒコ「大和王権の初代の崇神天皇」とも言われている。

箸墓古墳から山之辺の道方面に行く途中にホケノ山古墳がある

この古墳もミステリーで築造年代が225~250年頃と
木棺破片からの放射性炭素での年代測定法で推定されている。

魏志倭人伝での邪馬台国の女王・卑弥呼が死んだとされる正始9年(248)と一致し
画文帯神獣鏡と内行花文鏡が出土したという伝承があり
大神神社にはこの古墳出土と伝わる画文帯神獣鏡が保存されているという

前方部が非常に短い前方後円墳で、木棺などの埋葬位置や
「石囲い木槨」という河原石を積み上げた様式など弥生時代の墓制を引くもので
古墳時代初期の竪穴式石室に先行するものと推測されている

ホケノ山古墳を後に、川沿いで山之辺の道をめざし、相撲神社に向う
途中で道を尋ねるとここで左折れ、判り難いが次を右折れだと教わり

途中6世紀の後半の築造と考えられる柳本古墳群の中に位置する前方後円墳、
珠城山(タマキヤマ)古墳をすり抜け、山の辺の道を横切り、穴師坐兵主神社に到着


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古代ロマン山の辺ポタ 6/7-狭井神社から桧原神社- 20110421

2011/05/03(Tue) 09:37
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4月21日撮

大美和の杜から薬草や薬木が植えてある砂利道の「くすり道」を走り
病気平癒の信仰があつい狭井(さい)神社に出る

途中の少彦名命を祀る医薬治療の方法を定めた神で「神農さん」と呼ばれている磐座(いわくら)神社は見過ごし。

狭井神社は大神神社の摂社で「狭井坐大神荒魂(さいにいますおおみわあらみたま)神社」
と言い、創祀は垂仁天皇の時代、荒ぶるような猛々しい働きをもって現れる霊魂
「大神荒魂神(おおみわのあらみたまのかみ)」を主神として祀る。
戦時や災時などにあたって現れ、祭祀(さいし)を受けることによって和魂(にぎみたま)
の性質に変わるといわれている。
拝殿の後ろに「薬水」と呼ばれている「神水の井戸・狭井」があるが撮り忘れた。

辰五郎大明神・玄賓庵を経て桧原神社へ


桧原神社は伊勢神宮のはじまりとされた笠縫邑(かさぬいむら)があった台地にあり
今は元伊勢と称される大神神社の摂社で天照大神を祭る。。

絵は豊鍬入姫宮、女性の神主さん。

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古代ロマン山の辺ポタ 4/5 --大神神社と大美和の杜 20110421

2011/05/02(Mon) 08:56
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4月21日撮

北上、三輪成願稲荷社を経て大神神社に出る
自転車は持ち込み禁止なので拝殿前だけは(本殿とは呼ばない)ご遠慮し、
1段下の道を押して横切らせていただき、大美和の杜に出る。

大神神社、通称三輪明神は我が国最古の神社で
大己貴神(おおなむちのかみ)通称大国主神が、
自らの幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)を三輪山にお鎮めになり、
大物主神の名でお祀りされたのがはじまりとされている。
拝殿の奥の三ツ鳥居を通し三輪山を拝するという、原初の神祀りの様が伝えられている。


三輪成願稲荷社
大神神社の神宮寺の一つ浄願寺(廃寺)の鎮守社で創祀は正応3年(1290)
現在は大神神社の末社

大美和の杜 

少し上がり茶店を越えた辺りから大美和の杜の展望台に上がる

薄ピンクのしだれ桜が見頃・散り頃で、
展望台からは
左から、天の香具山・畝傍山・耳成山の大和三山や大神神社のシンボル「大鳥居」が
葛城山、金剛山、二上山などを背景に見渡せます。

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