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ほぼ毎日一枚立ち撮りフォト by Jose (簡易版は↓)

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古代ロマン山の辺ポタ 8/9/10--箸墓古墳・ホケノ山古墳 20110421

2011/05/04(Wed) 07:48
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4月21日撮

桧原神社から山之辺の道を離れ西へ。すべて下り、急坂もあり、JRを越え、
卑弥呼の墓と言われ始めた箸墓古墳へ向う。

纏向(まきむく)遺跡にある全長約280メートル、日本で最初の巨大な前方後円墳、箸墓古墳。
築造時期は西暦280~300年ごろと推定され、
「昼は人が造り、夜は神が造った」という伝説が残る。

自然の地形を利用して造られず、平地から直接土を盛り上げて急勾配に造られている。

箸墓古墳の被葬者は台与、西殿塚古墳(衾田陵)は
ミマキイリヒコ「大和王権の初代の崇神天皇」とも言われている。

箸墓古墳から山之辺の道方面に行く途中にホケノ山古墳がある

この古墳もミステリーで築造年代が225~250年頃と
木棺破片からの放射性炭素での年代測定法で推定されている。

魏志倭人伝での邪馬台国の女王・卑弥呼が死んだとされる正始9年(248)と一致し
画文帯神獣鏡と内行花文鏡が出土したという伝承があり
大神神社にはこの古墳出土と伝わる画文帯神獣鏡が保存されているという

前方部が非常に短い前方後円墳で、木棺などの埋葬位置や
「石囲い木槨」という河原石を積み上げた様式など弥生時代の墓制を引くもので
古墳時代初期の竪穴式石室に先行するものと推測されている

ホケノ山古墳を後に、川沿いで山之辺の道をめざし、相撲神社に向う
途中で道を尋ねるとここで左折れ、判り難いが次を右折れだと教わり

途中6世紀の後半の築造と考えられる柳本古墳群の中に位置する前方後円墳、
珠城山(タマキヤマ)古墳をすり抜け、山の辺の道を横切り、穴師坐兵主神社に到着


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